ヴィジョナリー・ジャパン プレゼンツ

27
Sep

ひとつのメルヘン

posted by 中川 | Category リコグニッション

みなさんこんにちは!
今日は日本全国気持ちのよい秋晴れのようです。
私は昨日から山口県を訪れています。

DSCN6637.JPG

雄大な山々、重厚な屋根瓦、広大な土地を力強く走る単線。
生まれて初めて訪れた山口県は、街のあちこちに逞しさを感じます。
日本史上、重要な人物がたくさん存在した土地の風情というものが今も尚、漂っています。
そんな中、私は「中原中也記念館」を訪れました。


中也のこころ

秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。

陽といっても、まるで珪石か何かのようで、
非常な個体の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。

やがてその蝶が見えなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました......

(中原中也/『在りし日の歌』よりひとつのメルヘン)

この詩は、私の高校の教科書に掲載されていて、当時の私の心にとても染みました。
この抽象的な世界の何に惹かれるんだろう?
私はとても不思議な思いがしたのを覚えています。

中原中也は山口県山口市に医師の子として生を受け、大切に育てられ、神童と言われるほど学業優秀でしたが、文学の道にのめり込み、成績は下降線を辿ります。
大切な弟の死、家族の期待にそえない自分、心通う恋人との別れ、結婚、そして息子の死、そして自らの病・・・
彼の30年の人生は波乱に満ちたものでした。
それでも、いかなる時も捨てることの無かった「文学」という道。
それは「道」というよりも、彼自身だったのかもしれません。

進路選択を迫られ、自分の夢のぼんやりとした輪郭をとらえようと必死だった高校生の私は、周りがなんと言おうと「これ」という道を明確に掴んでいた中也への憧れと、道を得ても尚もの憂げな彼の世界観に、とても心惹かれたのだと思います。

勇猛な風情漂う山口県が生んだ、繊細すぎる心を抱えた一人の詩人。

私は記念館を訪れて、10代に感じた切なさをふと思い出しました。

客観的に見たらそれは辛い人生だったかもしれないけれど、「文学と共に生きる」という自ら選んだ道を貫いたあなたは、繊細でありながらやはり「勇猛」な人であったのだと私は思います。

秋の文学散歩、とてもよい一日でした。

*****

あっという間の金曜日ですね。
読書の秋、も良いかもしれません。
どうぞ素敵な週末をお過ごしください。


I wish you happiness!!
♫ 中川


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